2009年2月アーカイブ

コメント欄に画像文字認証を入れていましたが、試しに外してみました。そしたら早速色々とSPAMが。結局元に戻すことに・・・。

トラックバックに関しては、スパムちゃんぷるーというものを取り入れてみたら、これまで中途半端な判定で保留になっていたSPAMがちゃんとSPAM判定になってました。ま、トラックバックなんてもう、宣伝に使う人とかが多いので実質役に立ってませんが。

RJOO

8日間に8本の便に搭乗。揺れる飛行機が多かったので、かなり疲れた。ある日は最後尾に乗っていて、降機の支度をしていたら

「かなり揺れましたけど、ご気分悪くなりませんでした?」

とCAさんから声をかけられた。

「割と平気なんですよ、それにしても結構揺れましたよね」

「ええ、私たちもあまり経験しない程度の揺れでしたね。朝の便だとご飯を食べたすぐだったりする人も多くて・・・。」

なんて会話を交わしたくらいだから。確かにこの便はハードだった。


そういや月曜から水曜は東京へB6での往復。せっかくだからと埼玉へ。こんなのにも乗ったり。
車両?
 新津車両製作所、大船工場まではいいとして、「三菱プレシジョン」ですからねぇ。わかる人にはわかるでしょう、結構面白かった。他のタイプにも色々乗りましたけど蒸気機関車は遠慮しておきました。

 東京からの帰りの飛行機には北海道土産を抱えた、いかにも飛行機の写真を撮ってきたであろう人が。うらやましかった。

ウイットに富んだネタをサラッと披露できる女性って美しいな、と思った。

 ま、余計なことを書いてはいけない。こんなこと書いたら相方に叱られるか?!
 うちの奥さんもウイットに富んだ方、というか、オモロイネタを日頃から蓄えておくタイプだが、でもネタの持って行く方向が全く違う。何だろう、感動した。アハ体験ですな。2回転分くらい先を行くような予想外の返しに対応できなかった自分が、関西の血統を持つ人間として悔しかった。しかも喋ることが商売のひとつなのに。

今日また千歳は大変なことになっている様子。欠航の表示がズラッと並んでますな。明日新千歳に向かう予定の身近な人が1名、大丈夫なんだろうか。

 そういえば2月17日の長???い話。
 羽田で一度保安検査場エリアから出て乗り継ぎ待ちをしていたら天候調査中。出発時刻になっても決定が出ず。結局軒並みの便が欠航となり、キャンセル・変更窓口は大行列。こっちは予約変更できない運賃なので、ネットでの変更はできない。でも並ぶ気にもなれないのでセンターに電話して変更をお願いしてみた。(列に並ばなくていいし、電話はすぐにつながった)

「この後も欠航予定が続きまして、今ですと13時の便からになりますが」

「いやぁ、もう少し遅めにして、15時の便にしようと思いますけど、空いてますか?」

 欠航が決まってから、ノートPCで千歳のライブカメラとか天気予報とか駆使して、勝手に"にわか天候調査"をしてたので、15時出発までは無理だろう、と判断したのでした。変更手続きは簡単に完了した。ただ、その便の搭乗手続き自体はカウンターの人のいるところで、ということだった(飛ぶことになったら今度こそ大行列に並ぶのかなぁと一抹の不安)。
 大阪に住んでいた頃はよくカンパニーで「千歳は除雪で○時から○時まで閉鎖」とか聞いてたなあ。レシーバーは残念ながら手荷物として預けていた・・・。で、思い出した。乗り継ぎで松山から手荷物は預けたまま。「荷物はいったいどこに?」と係の女性に尋ねたら、「今どこにあるのか調べて参ります」って。しばらくしてロール紙に印刷したっぽい紙をもってやってきてくれました。ふーん、そんな情報もチャチャッと端末から出てくるのねー。手荷物は到着のところのターンテーブルに流す、ってことだった。いつもは絶対に逆行させてくれないドアを入って荷物をピックアップ。

 その後、みごとに天気予報が的中したのか、14時の便が15時発として運航、15時の便が15時15分発で運航再開を決定。しかもちょうどその瞬間にカウンター前にいたので、これまた並ばずに搭乗手続き完了。振り返るとやはり大行列だった。

 搭乗便、キャンセル待ちの処理とかで結局さらに遅れて15時35分発。天気予報によるとこの20分は重要じゃね?!とすごく不安になったが、ジャンボはまったりとTDRなどを眼下に北へ北へ。33000ftとからしい。羽田で延々と待たされて疲れてたので、すごく飛行時間が長く感じる。飛行機好きの私でも「もうええやん」という感じで大した揺れもなくようやく苫小牧沖。最終の着陸態勢のポーン4回の後は所々にある雲の中でゴソゴソ揺れながらも、夕日がきれい!周囲の修学旅行生も感動していた。そして右に左に旋回した後、うーん、2周くらいホールドしたのかなあ、あとはひたすらストレート。ただ、さっきまで晴れていたのに千歳に近づくにつれて吹雪!横を見ても真っ白でただただ大量の雪が流れていく。風の変化も激しくて、時々スポイラーがガーッと音を立てていたものの、スクリーンに映る誘導灯はしっかりと見えて、ホッ、無難に01Rに着陸。

「ご心配をおかけしましたが、ただいま新千歳空港に着陸いたしました。なお、積雪と凍結のためにスポットインまで15分から20分はかかります。」上空でも予告されていたが、確かに、途中の高速誘導路なんて全く使えないし、滑走路端まで超低速で。そして隣の滑走路01L-19Rを跨いだところで停止。妙なところで止まったが、はて・・・。と思ったら動き出したがJAL側に左折してしまった。はあ?どこ行くん?ANAは直進か右折じゃね?
 実は大きな誤算があった。

パイロットさん:「アサインされたスポットにまだ飛行機が止まっており出発に向けて除雪中ですので、こちらで15分から20分待ちます」

って案内されて誘導路で止まったままピタリとも動かなくなった。吹雪はますますひどくなり主翼にも雪が積もりつつある・・・、さっき離陸に向けてタクシーしていたはずのキティージェットが戻ってくるではないか! そして01R上には大量の除雪車が爆走し始めた。要するに再び滑走路がクローズ! ってことは、だ。何が起きるかというと、出発すべき飛行機が出発できないから、われわれの乗った飛行機の入る場所がない!千歳は大きいからすぐに他に回してもらえるんだろう、と思っていたらそうはいかなかった。
 30分ほど経って雪の中でエンジンをブワーンと吹かしてようやく雪の上をゴボゴボと動き出したと思ったら今度はスポット側ではなく滑走路に向かう。何と滑走路上で待機(吹雪で正確にはわからないが、経路から考えると滑走路上だと思うんだよなあ)。再び30分ほどピタリと止まったまま。
 結局着陸から1時間以上経ったところでようやくANA側への誘導路に向かう。スポットの飛行機を引っ張り出して、そこに入ります、とのことで、前方のスクリーンでトーイングされていく飛行機を見ながらスポットインしていきました・・・。乗ってから降りるまで3時間20分、北海道は遠かった。

大きな地図で見る
 ま、昼間の便としてはこの乗った便とその前の便の2本だけが着陸できたらしいからラッキーだったと思っておこう。ただ、後で調べてみたら

定刻14:00発が15:22出発済み、17:05 到着済み
定刻15:00発が15:35出発済み 18:20 到着済み(搭乗便)

というから、13分差で出発して、到着が1時間15分の差。疲れた。客室乗務員さんとも「ホント、お疲れ様でした。色んなことが起きるもんですねぇ。」とお話しながら降機した。

定刻19:00発 19:13 出発済み
定刻20:40発 20:55 到着済み

ドアクローズは定刻前くらいの時間だったと思うんだけど、混雑でプッシュバックできない、と操縦席からアナウンス。プッシュバックし始めたら超ロングプッシュバックして到着機を待つ・・・。さらには、ついさっきまでRunway16だったのが席に座って待っている間にRunway changeで34になってたわけだが、知らない間に再び16になってるし・・・。そして離陸滑走路手前まで来たら、操縦席から「7番目!」とのアナウンス。離陸できたのは1935頃だったか。今日は操縦席から直接色々アナウンスしてもらえて状況が把握できた。

 飛行中に結構挽回してたんだと思うけど、何かね、このところ飛行機に乗っていながら地上にいる時間の長いこと。

 今日は同じ用件の同僚がJALの最終便。34手前で順番待ちしている間に大量の赤い羽根軍団がいたので抜かれたかな、と思ってたら、あっちはあっちで機材繰りで出発が遅れたとか。お互い色々ありますな。京浜東北線でも防護無線で5分くらい動かなかったし。

 ちなみに今日の午前中は羽田に向けて飛んでいたが、飛行時間がかなり短縮され、15分ほど早着。で、せっかく早く着いてもスポットがまだ空いてないから沖止め。バスにてご案内だった。ま、タラップ降りてジャンボのエンジンを間近に見たのが救いか。

17日がいったいどんな状況だったかというと、こんな状況。

9F3Z7908.jpg

 吹雪が止んで滑走路の除雪が済んだからと言って、これで地上移動するってある意味無謀ですな。このあたりは全部舗装されているけど、センターラインが見えないから新千歳に慣れてる人でないと無理じゃないですか?

P1000555.JPG

今、ヨーロッパへ向かうシベリア上空から書いてます、高度は38000ft。


なんてわけはない。総理はANAで樺太に日帰りだったらしいが。
 昨日は結局予約便が欠航となり、振替として13時でどうですか?と言われたが、15時にした。どう見ても、そんなすぐには天候が回復しそうになかったから。なので、予約便が飛ばなくなった時点で、もう17時までの到着は無理だろう、と相手先には断わりの電話を入れたぐらいだった。
 その後15時以降から飛ばそう、ということになったようで、14時の便が15時発に変更、15時の便が15時15分発に変更、と飛ぶことになったのでした。この路線は25本中6本しか目的地に到着できなかったわけで、それに入れただけでもラッキーか。

 ま、その後の展開はちょっとした珍事だったので、長くなりそうで、また後日。

170238Z 34009KT 1100 -SHSN VV005 M06/M07 Q1014 RMK A2997

見慣れないものが混じっているのでよくわからんが、要するに無理ってことらしい。

着水して死亡ゼロという事態があったかと思うと、イギリスやアメリカでまた色々と起きている様子。

 特にアメリカの墜落事故はDash8-400ということで、そのキーワード検索でここを訪れる人が急に増えていた。防氷装置の問題とも指摘されているけど、真相はまだまだこれからということだろう。

 冬に飛行機に乗る時、色んなことを勝手に気にするわけですが、ボンQのようなプロペラ機の防氷装置は翼の前縁に付いた黒いラバーのような部分を物理的に動かして氷を落とすような話だったと思う。ジェット機の場合は場所によってはヒーターが入っているんだと思うけど。
 下の写真は去年の新千歳?羽田便B747。千歳ではシーズンに備えて機体に薬剤散布する訓練をしていたようで、地上はまだ暖かかったけど、上の世界は寒い。上昇して雲の近くを飛んだりしているのでよくよく見ていたら、エンジンの吸気口?!というのか、前縁部分の色が白いように見えたので撮ってみた。
B747、第3第4エンジン
拡大してみると、光の反射ではないはずの部分が白いように思える。
アップ

 地表近くに降りてきたら銀色に戻ってきたので、やはり凍ってたのかなあ。ヒーターを入れておかないと全体が白くなってしまうんだろうか。摩擦熱で解けるとも聞くけど。

先日、ある委員会というか会議があって、今年度の総括をしたわけだが、その内容が翌朝の地元新聞の記事になっていた。

 見出しと前半を読んで、「まあ確かにその話題に関しては盛り上がったんだけど、我々が攻めている(あるいは責めている)本質は別のところにあったんだよなあ」と言いたくなった。記事の前半は我々の議論すべき対象の範囲外のネタであって、世間話に近かった。ま、本質に関わる話は記事後半に書かれていたから構わないか。

 「あいつら、それが守備範囲じゃないこともわからずに議論して、わしらに文句付けとんか?」となめられそうで、そこに不安が残る。総括を傍聴して「色んな情報からどこを切り取るか、どう読み取るか」というのは難しいことなんだろうなあ。

今日は朝から研究室にノックの音。ゼミ生は夕方というリクエストだったが、はて・・・、

と思ったら長男だった。もちろん一人ではなくおじいちゃんと一緒。昨日の祝日は演奏会で、今日は幼稚園はお休み。昨晩から祖父宅にお泊まりしていて、おじいちゃんは農学部に行っているので乗せてきてもらったわけだ。少々談笑してから家に送っていってもらった。

 この春から小学生になるので、「入学祝い」というフレーズが気になっているようで、何を買ってもらおうかと算段している様子。で、この間言われたのが

「デジカメ買って欲しい」

ん?時代が違うなあ。動物や虫の写真を撮りたいそうだ。ただ、長男は画を描くのが好きで○○賞なんてのも一応もらったことがあるので、観察眼を伸ばすためにも画を描いた方がいいのになあ、と思っている。デジカメをプレゼントするとすれば、私のお古のコンデジになるわけだが。

 イヤ、待てよ。デジカメをプレゼントしても、その写真をちゃんと見るためにはPCが使えるようにならなあかんのとちゃうか?

今朝は6時台に起きて頭痛もなく。エンブラエルの写真を撮りに行こうかとも思ったけど、霞んでてあきらめモード。今、松山に来るエンブラエルは朝が早すぎて何とも子連れで向かうにも困るから、女房子供が実家に帰っている今朝はチャンスだったんだけど・・・。エンブラエルってパッと見がそんなに個性的ではないのと小さめで、熱意はやや低め。

 で、朝から家事を一通りこなしたらもう昼前、私も相方の実家に出発。重信川に沿って南西に向かうと、県武道館のあたりに出る。Runway32の日はちょうどこの向こうを到着機が通るんだが・・・、と思っていると、Q400が進んでいった。ふーん、今日は32なんだ。

大きな地図で見る
 どんどん進んでいくと今度はB737がかなり低めで旋回しながらこちらに向かってくる。毎日運航になった沖縄線かな?ちょうど信号が赤になったのでじっくりと最終のターンを拝見。空港の方ではちょうど、おそらく東京行きであろうB777がtake offして上昇している。そこへと突入してくるB3はかなりの小回りで見応えがあった。タイヤの形にポッカリと穴の空いたB3のお腹はご愛嬌というか、他機と違ってなかなかお茶目だねえ。
 トラフィックがちょうど重なると、見ている側としてはエキサイティングですな。

 そうそう、32へのアプローチで機内から見る風景。以前は夜だとあまり場所がわからなかったのが、先日はエミフルを回り込むように飛んでいるのがわかった。A席から見るとすごく明るくてちょうど目印になる。ただ、32ってそんなに経験ないなあ。

頭痛。学生さんにバレタかもしれないくらい激しく頭痛。

 一昨日には既に次男が洟垂れ小僧になっていて、昨日からは長男も食欲がなく。ただ、彼らは熱はない。自分自身も今は特に発熱はないんだけど。

 インフルエンザの予防注射はしているものの、型が合わなかったら意味がないらしい。ま、まさか、インフルエンザか?

気まぐれにデザインを変えてみた。

 もう今年のカレンダーを一枚めくったわけで、富士山ともおさらば。2月は知床かぁ。

2009.1 Mt.Fuji
 この時は機内アナウンスで「左手に富士山が見えます」と紹介されてました。前方から後方に流れ去っていった後はと言うと、意外な展開。北東やら南東やらに大きく進路を変えるので、富士山が後ろに去ったかと思うとまた見えてくる、という展開でしたねえ。航路が混雑してたのかな?

20年の歴史に幕!JALスッチーカレンダー打ち切りというニュース。今朝の愛媛新聞にも出てましたが、それを見てショック!

 何がかというと、その記事の中にある

「年代物になるとネットオークションで1万円近くの高値が付くことも。」

という言葉。もしかして、去年の暮れに紙ゴミとして処分しなかったっけ?

 以前は毎年買ってました。その中には面白いものもあって、あの花田美恵子さんが登場しているものも。オークションで高値って、どれくらいの年代物なんだろう、これなんてどうなんでしょうか。

 そんなこともあって新聞記事を読んで慌てて探したら、出てきました、捨ててませんでした。91年、92年、94年のものが。94年のが花田さんの載っているものか?。

 それにしても、松山に引っ越してきたのが96年。どうしてそれ以前のものが実家ではなくこっちにあるのか、不明。

カレンダー

<   2009年2月   >
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

過去の記事

Photo

  • RJOO
  • 車両?
  • 9F3Z7908.jpg
  • P1000555.JPG

最近のコメント